<82>新町の路地を起点に
名張のまちを歩いてその過去と現在を確認しながら江戸川乱歩について検討する。そう決めていたのだが、寒い日がつづいたから歩かなかった。それでも確認と検討は始めることにして、乱歩が生まれた新町を起点とする。写真は一昨年4月12日に撮影。この細い道をまっすぐ進めば左に乱歩生誕地碑広場があり、その先のいわゆるひやわいを通過すると本町通りに出る。乱歩の生家は生誕地碑広場の向かい、つまりこの道の右側に位置していた。新町で開業していた横山文圭という医師が所有する借家だった。
私の生家は新町に隣接する豊後町にあって、やはり借家だった。いまはもうない。大家さんは同じ町内の炭屋さんであったが、そこの息子さんはのちに出世して名張商工会議所の会頭もお務めになった。豊後町は住宅地で商店はほとんどなかったから、買物はよその町に出かける。私はときどき母親から頼まれて、自転車でこの写真の道を通り、本町通りにあった精養軒という肉屋さんで牛肉を買った。痩せたご主人と恰幅のいい奥さんが夫婦で店を切り盛りしていたが、いつごろまで営業していたものか。

以下本文は伊和新聞に掲載。 ご購読は伊和新聞社、電話0595-63-2355、Eメールpress@iwashinbun.co.jpにお問い合わせください。1部170円、月650円(税別、送料別)

TOP戻る