▼ひと【NO.1】
今年の年女・杉岡雪子さん

■連携型6次産業化で地域を元気に
滝之原小学校跡で、地元の農産物を利用した加工品を製造する「隠(なばり)タカラモノ農産加工所」を運営する「イーナバリ株式会社」代表取締役は、杉岡雪子さん。昭和47年に大阪で生まれ、幼少の頃、桔梗が丘に転居してきた。アメリカの大学に進学後は、東京で就職、結婚。平成18年に再び名張へ。現在は、3人の娘の母として、仕事と家事に奮闘している。
経験を生かして
名張に戻ってきてから、市内で大学の学務課兼英語教師補助員、一般企業で輸入業務、広告会社で企画営業など、さまざまな職種の仕事に就いた。
会社を立ち上げるきっかけになったのは、平成26年、厚生労働省の委託事業で発足した名張市の外郭団体「名張市雇用創造協議会」に入ったこと。事業終了まで約3年間勤めた。この協議会では、雇用創出のための研修会を開催したり、地域の産品や資源を活かした新商品を開発。その商品を「隠タカラモノ」と名付けて、ブランド化に取り組んだ。また、全国に向けて販路を拡大するなど、名張で雇用を生むことを目的に事業を展開していた。杉岡さんは「あらゆる業種の仕事を経験してきて、人的ネットワークが広がっていたことが、協議会に入ったときに生かされて、いろんな人から協力を得ることができた」と顧みる。
協議会では当初「農産品生産者が自分たちで6次産業化できるように」と考えていたが、実際は「それより名張に加工所が欲しい」という要望が多くあがったという。そこで、白羽の矢が立ったのが杉岡さんだった。
このとき、国から補助率10分の10という地方創生交付金制度があって、またとないタイミングだった。さらに、施設面では廃校になった滝之原小学校の給食室があるという状況。環境は整っていた。それでも「すっごく悩んだ」と杉岡さん。「加工所ができたら携わる気持ちはあったが、代表までは・・」と思った。しかし一方で「誰もやらなかったら私がやるしかないか」とも思っていた。
背中を押したのは母の言葉だった。杉岡さんの母は、元市会議員の加藤富栄さん。早くから環境保護活動に取り組み、「食」の大切さを訴えてきた。
娘からの相談に加藤さんは「ええやんか。長生きできる理由がまたひとつできたわ」と言った。杉岡さんは「それが踏ん切れた一瞬だったかもしれない」と涙目で思い返す。「母は議員を終えても、桔梗が丘の課題だった高齢者の配食サービスを立ち上げる活動をしたり、昔からずっと食事に注力していた。それを見て育った私が、同じように「食」に関する仕事で起業することを「応援する」と言ってくれて、なんか不思議な気持ちになった」とも。
そして「やることに意義がある。頑張る姿を見る人はちゃんと見てくれる。そうすると協力者は周りについてくるから信じて頑張りなさい」と言われて、決意を固めた。
加工所開所
小さな給食棟に手を入れて開所に至ったのは平成29年4月。コンセプトは「農産品生産者や小売業者と協力して、連携型6次産業化を推進する」。農産物を加工して、規格外でもよりよく活かす。また、それによって、農家を育成し、耕作放棄地の増加に歯止めをかける。さらに、販路を広げることで、農業収入を安定化させて、地元ブランドの普及促進で地域の活性化に繋げていきたいという思いだ。「旬の野菜や果物はそのままだとすぐ腐るけど、加工したら美味しい状態で何か月も食べられるようになる。何より、せっかく作られた美味しい農作物が、大き過ぎるとか形が悪いとかで捨ててしまうのはもったいない。少しでも農家さんの収入になる方向が一番いい」と。
地域の農産品を、地域の加工所で作って、地域で売っていく。「地域ぐるみの6次産業化だからこそ商品の付加価値が付くという考え方」と杉岡さん。
目指しているのは、できる限り素材を生かし、自然な味をそのまま詰め込んで、体に良い加工品を作ること。
加工所の従業員は、協議会のときのメンバーもいて、現在は女性ばかり5人。「私たちは、協議会の3年間、専門家を招聘(しょうへい)して講座をたくさん開いて、そこに運営側で全て参加。結局、知識や技術を身につけて、いまや専門家」と自信。
加工所で製造しているものは、農産品主体の一次加工・レトルト食品・ソース類・ジャム類・菓子類。また、受託製造も行っていて、飲食店のオリジナルメニューを加工品にして店に置きたいという要望にも対応している。今まで試作を含むと100種類は製造した。その中で世に出しているものは約50種類。そして、この動きを知った三重県庁から声が掛かり、市外から受託生産の注文も入るようになった。さらに、それは広がりをみせて今や、県外からも相談がきている。
昨年NO1の自社商品
昨年、発売されて売れ行き好調の安納芋のババロアと紫芋のババロアは、サツマイモを秋冬だけでなく、夏にも楽しんでもらいたいというところから開発された。レシピは、三重県立相可高校食物調理科に通っている杉岡さんの次女・真彩(まあや)さんが、自宅で試作品を作って完成した。甘味のあまりない紫芋のババロアは、クリームにココナッツを加えるなど工夫が凝らされている。杉岡さんは「私ってスパルタやから、もう1回、もう1回って数えられないぐらい作り直させて、微妙なところにまでこだわったので、まだやるの?って言われた」と笑う。のりは体育会系。加工所でも「「今日は何時までに何個作る!」ってやるんです。人件費もかかることなので」と。製造も運搬も体力がいる。
今の課題
スーパーで売られている安価な商品価格を意識に植え付けられている消費者の金銭感覚は厳しい。今、値段が高いと言われることが課題。ただ「大企業のように農産品を1キロ何十円みたいな値段で買うというのは私たちの趣旨に反するから、根っから考えにない」と。消費者に、この価格であることを納得して手にとってもらう方法を模索中だ。「地元の人にまず知ってもらって、地元応援価格と理解してもらって、ひとりでも多くの人に地元の食材を使った商品を食べてもらいたい」。
今、一番苦しいのは資金を回していくこと。「でも、そればかり悩んでいても仕方ない。ひとつひとつの要望に対して、みんなで頑張って動くのみ」と前向きだが、一方で「「地元農業の課題を解決する」という志を持ってやるところは筋を通してやっているけど、加工所を存在させるためには、きちんとビジネスをやっていかないといけない」とも思っている。
昨年は、「この仕事が3年目に突入して、今まで手探りでやっていたことが、ようやく腑に落ちた年だった」。やっと安定してきた。次は黒字を目指したい。
今年の抱負は「仕事もプライベートも充実した1年にしたい」。

TOP戻る