2017年度 バックナンバー
ラストラン講演・桔梗高で1期生エール

来年3月に閉校が決まった県立名張桔梗丘高校(服部守賀校長)で21日、LastRun講演会「第1期生からのメッセージ」が名張市桔梗が丘7番町の同校体育館であった。45年間の歴史に幕を閉じる最後の3年生160人と教職員に思い出を残そうと企画した全5回の講演会で、今回は5月13日に続き2回目となる。
昭和51年3月卒業し、今年で60歳を迎えた第1期生4人が、最後の卒業生となる3年生160人に、開校当時の思い出や最後の卒業生へメッセージを送った。
講師には、フィットネスクラブ「ロコスタ」経営の中島(旧姓・長谷川)京子さんと「谷本そろばん教室」経営の谷本(旧姓・竹島)和代さん、名張市消防本部消防長の辻本全教さん、奈良県大和高田市立小学校長の猪田晋次さんの4人がそれぞれ体験を語った。
中島さんは「開校当時は、ないないづくしの名張桔梗高といわれた。制服もなく、体育館もなかった。自分たちの手で立派な学校にしたいという強い意気込みがあった」と述べ、辻本さんは「1年生から3年生まで担任の先生が一緒だった。在学中に兄弟のような友人をつくることが大切だ。どんな仕事でも精一杯の努力をすることが大切だ。そうすれば自分も周りも輝いてくる」と話した。
谷本さんは「私たちのころは開校早々の学校で先輩がいなかった。逆に今のラストランの3年生には後輩がいない」と話し、「開校当時は制服がなく、中学校時代のセーラー服を着ることにしたが、何もないということで、自分たちでつくる喜びがあった」と思い出を話した。
猪田さんは「高校では大学進学を希望していたが、全部だめだった。小学校の教員養成所があり、そこに入学した。教師をしているだけに子供から学ぶことも多い。特に未来については、子どもの方が、想像力が豊富だ。皆さんも未来に希望を持ち、前向きに生きてほしい」と励ましの言葉。最後に「学校がなくなっても、心の中に存在することを忘れないで」とメッセージを送った。


駅前きれいに

名張川をきれいに。名張クリーン大作戦は6月4日、NPO法人地域と自然や県、市などでつくる実行委員会がボランティアと共に、市内の河川敷や沿道清掃を行った。
この事業に3年前から区の行事として参加している平尾区は、約130人が参加、名張市の玄関口である名張駅西口、東口周辺からオキツモ大橋までを清掃した。
集合場所に集まった参加者を前に、梶田淑子区長は「本日は4回目の出合いです。区民の皆様が県道や市道の清掃奉仕をしてくださることで、県の伊賀建設部や市の維持室の職員も街路樹の剪定(せんてい)や危険個所の草刈り、道路整備にも積極的に取り組んでくれるようになった。官民の善意が集結した官民一体の共同作業のたまものです」とあいさつした。


モダンなアート展・ガラス工房に魅了

伊賀市上野忍町の登録有形文化財に指定されている武家屋敷・赤井家住宅で8日から超モダンなガラスアート展「GLASS EXHIBITION」が開かれている。6月15日まで。
「ガラスを自在に操る世界」をテーマに、京都市右京区太秦在住のコ力竜生さん(52)が自作のガラス工芸作品80点を展示。材料のガラスを曲げ、接着、さらに重ねるなど、思いのままに扱った作品は、屋敷内の雰囲気とマッチし、訪れた人はガラス工芸の魅力にひたっていた。


百合小5年生今年も田植え

名張市立百合が丘小学校(市橋秀介校長)の5年生81人児童が5月29日、今年も青蓮寺・百合が丘地域づくり協議会の協力で田植えの体験学習を行った。場所は青蓮寺公民館の向かいの田んぼ。地元住人の指導で除草した児童らは、水田にイネの苗を植えた。秋には刈り入れ作業も行うという。
児童たちはぬかるんだ田んぼの中、苦労しながらイネを植え付けた。角野真奈美さんは、「はじめは気持ちが悪かったが、慣れたら面白かった」と話し、佐久間美優さんは「あの小さな苗が大きくなってお米を実らせるのが楽しみです」と話していた。
田植え体験は総合学習の一環として7年前にスタート。9月には約150キロを収穫。11月にはおにぎりにして味わう予定。


白鳳幼稚園で創立100周年記念式典

伊賀市上野の学校法人白鳳幼稚園(坂下充信園長)が創立100周年を迎え5月26日、同園で記念祝典を行った。大正6年、上野町仏教各宗同盟会が発起、当時の上野町長、町民有志が出資して設立した幼稚園。その後、幾多の移転を経て平成23年、現在の伊予町に移転した。現在までの卒園者は6317人に。
川口昭理事長があいさつと謝辞を述べた後、来賓の岡本栄伊賀市長と伊賀市念仏寺住職の豊岡鐐尓(りょうじ)上人=浄土宗宗務総長=らが祝辞を述べた。
岡本市長は「私も本園の卒業生です。今まで、東南アジアの国へは、北朝鮮を除いて旅行訪問をしてきましたが、仏教国の人は人情が温かく感じます。私も幼少のころから仏教の教えを受け、花祭りなどに参加し、仏様への感謝、人への慈悲の心を学びました」とあいさつした。そして園児には「強い子になりましょう。良い子になりましょう。やさしい子になりましょうという教えと、スローガンがわかる子どもになって下さい」と話し「仏様はいつもあなたを見ています」と祝辞を述べた。


森さんが「雅」を寄贈・創造展で大賞の油彩画

洋画家の森公美(さとみ)さん(67、名張市西原)は5月16日、昨年の全国公募展第69回「創造展」で最高賞の創造美術大賞に輝いた100号の油彩画「雅」を伊賀市文化都市協会に寄贈した。創造美術大賞は36回目の応募で仕留めた。
作品は岩手県の岩手山や山すその人家を描いた油彩画で、金ぱくを貼るなど、日本画の技法を取り入れている。母校の上野高校の校歌にあった山の一節「われらの望み山々を越えて溢れて外に出ん」に感動し、森さんは全国の山を描き続け、つらいことがあっても、山を越えるように大きく成長したいと描いてきた。
「雅」は文化協会が昨年6月に開いた第42回創造美術協会中部支部展にも出品された。寄贈式で同会の中村忠明理事長が「昨年開館25周年を迎えたが、これにふさわしい作品だ。深く感謝を申し上げたい」と述べ、感謝状を贈呈した。
森さんは「作品は一生懸命やってきたご褒美だと思う。立派な会館に飾られ、多くの人に見ていただければ幸せです」と喜びを表した。


上高尾で活動報告・近大生が地元活性化に寄与

伊賀市と観光やまちづくりなどを通じて、地域の活性化を目指した包括連携協力を締結している近畿大学(東大阪市)は5月4日、完成した上高尾地区の木造建築「かざぐるま」で活動報告を行った。上高尾地区の活性化に近畿大学工学部建築科の学生が貢献した地域振興の一環で、その活動報告と建物竣工を兼ねたもの。
伊賀市上高尾地区は伊賀富士と呼ばれている尼が岳のふもとにある人口100人の過疎の村。人口減少が著しいため、村人は都会との交流を求め、上高尾の会を結成し都会の人に休暇を過ごしてもらおうと、これまで田植え体験やホタル観賞、収穫祭などのイベントを続けてきた。
近畿大学建築科の学生36人が川のそばに立つ3本のケヤキのうち2本を利用して建てた小屋のツリーハウスは、間伐材の柱もあり、お茶会などにも使用が可能。地形と立木2本を利用したユニークな木造建築は村民には好評で、屋根の形から羽を想像し「かざくるま」と名付けられた。
工事の竣工を兼ねた報告会は、近隣の生活改善センターで開催。完成までの経過報告をビデオスクリーンで放映した後、顧問の寺川政司准教授が村民の協力に感謝の言葉を述べた。
会場では村人が採取し、主婦たちが揚げた山菜の天ぷらをつまみにしながら、参加者全員で祝杯を挙げた。5日には野だてが行われた。


市駅でお披露目・だんじり勢揃い

上野祭りの名物だんじりがユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録されたのを記念して4月23日、だんじり春のお披露目が上野丸之内の駅前広場で行われた。
だんじり会館で常設展示しているだんじりの入れ替えに合わせたもので、高さ5.6メートルもあるだんじりが地元の町に戻る3台と、これから展示場に入る3台の合計6台が交代した。駅前広場に一斉に並んだ光景は壮観そのもの。
市内では、1日からNINJAフェスタも開催されており、珍しい上野小玉町の七福神や名物の鐘を背負ったひょろつき鬼ら20体も勢ぞろいした。
6台を一度にカメラに納めるため、ハイトピアビルから撮影したという見学者は「だんじりが一枚の写真に入ったのは珍しい」とシャッターを切っていた。


6次産業化に向けて・イーナバリ運営農産加工所が開所式

地元農産品を生かした6次産業化の拠点となる「隠(なばり)タカラモノ農産加工所」が名張市滝之原に完成し、4月17日に開所式が行われた。今年3月に活動を終えた市雇用創造協議会の成果を引き継ぐかたちで新たに起業した「株式会社イーナバリ」が運営を進める。
加工所は閉校された滝之原小学校の給食棟を転用。改修面積は88平方メートルで、農産品の洗浄と殺菌のための下処理室、ソース類の製造や野菜のカットなどを行う加熱調理室、高温高圧調理、乾燥、粉末処理から梱包までの作業を行う加工室2室を設けた。
イーナバリは社長の杉岡雪子さんはじめ同協議会の元職員4人で設立。地元農業者が生産した良質な農作物に、協議会で培った加工技術とマーケティングのノウハウを付加し、1次・2次・3次業者による地域連携型6次産業化のビジネスモデルを確立したいとしている。
開所式は旧体育館で行われ、約90人が参加。加工所前では亀井利克市長、常俊朋子副議長と杉岡社長がテープカットを行った。
【写真はテープカットを行う常俊副議長、杉岡社長、亀井市長(左から)】


名張藤堂家史料から見る幕末の藤堂藩

慶応3年(1867)、第15代将軍・徳川慶喜が政権を朝廷に返上した大政奉還から今年で150年。京都市などでは「大政奉還150周年プロジェクト」を実施し、幕末維新に京都で活躍した先人たちと、ゆかりを持つ都市にプロジェクトの参加を呼びかけるなど、式典ムードは高まっている。そんな中、幕末の動乱期、名張藤堂家に残る史料から、藤堂藩はどのような活躍をしたのかを知る企画展「大政奉還150年―名張藤堂家史料から見る幕末の藤堂藩―」を名張市安倍田の郷土資料館で開催している。5月28日(日)まで。
郷土資料館2階の展示室では、天誅組の変での鎮圧や藤堂藩京屋敷、鳥羽伏見の戦い、さらに戊辰戦争の函館戦争に至るまでの事件を解説している。展示資料を基に、その内容を紹介する。
大坂夏の陣から250年、徳川幕府の時代が続き天下は太平だった。藤堂藩では直属の武士で愛媛県の伊予国から移住してきた城士のほか、無足人という郷士がいた。無足人とは給与が支給されない家臣で在郷(地元)の武士。土地の有力者(村里有名の家)が多く、苗字帯刀が許され、家臣とされた。
伊賀地区の郷士は天正伊賀の乱で、織田信長との戦いを経験した。猛者が多く、これを手なずけるため、苗字帯刀を許し、家臣扱いとし、領主へのお目見えができる身分とした。また、有事の際には、武器を持って藤堂軍に参加した。
江戸時代の初めには、藤堂軍は松平忠直の配流による謀反を警戒し、幕命により出陣準備をした。この時に無足人も参加した。村の有力者を家臣としたことにより、江戸時代の伊賀には、百姓一揆がおこらなかった。
農民を武士の身分である士分とした郷士の制度は、全国では薩摩藩の外城士、長州藩の騎兵隊、水戸藩の水戸郷士、米沢藩(上杉家)の原方衆、土佐藩の郷士などがある。
伊賀の無足人は「無足人頭」を頭とする五班に編成された。海津氏(荒木村)、治田氏(治田村)、中矢氏(川西村)、家喜氏(西之沢)、保田氏(黒田村)が班長だった。
無足人は特権として紬(つむぎ)や絹を着用でき、籠(かご)を利用、苗字と帯刀が許された。
名張市域(現在の範囲)兵力として、企画展では享保分限帖(1716〜1731)203人、天保分限帖(1830〜1843)94人、弘化2年(1845)の無足人250人と小波田新田鉄砲衆100人が説明されている。
ほかに次の幕末事件を説明している。
天誅組の変、文久3年(186
3)=尊皇攘夷派の浪士が公郷中山忠光を主将として武装蜂起した、十津川郷士も加担したが、各藩に鎮圧された。
戊辰戦争=明治維新を成就させるための戦争で、日本の近代化に多くの人が犠牲になった。慶応4年(1868)、京都南郊の鳥羽伏見で薩摩藩兵5000、長州藩兵15000人が有栖川宮熾仁親王を大総督とする東征軍を編成、旧幕府方と対峙(たいじ)した。
両軍がにらみ合いの中、薩摩兵の音楽隊が笛や太鼓を鳴らし、菊の御紋のついた錦の御旗(にしきのみはた)が先行した。旧幕府方はあっけにとられた。菊の御紋がつけられた錦の御旗に手向かうと、賊軍にされ、孫子末代まで賊軍とされる。
旧幕府軍に動揺が出た。総司令官の徳川慶喜は、その日のうちに軍艦で江戸に向かい、江戸城内で謹慎した。
錦の御旗には逆らえず、国賊とされないために謹慎したのである。
慶喜は水戸徳川の出身であり、尊王派の教育を受けていた。
旧幕府軍の各部隊には、朝廷側から工作員がやって来て、寝返りを進めた。藤堂藩の陣営も攻撃に加わった。
藤堂藩は方針に迷ったが、伊賀の藤堂采女公が本藩に相談せず、朝廷側につき、藩全体が朝廷につくという流れになった。
隣の桑名藩は、徳川親藩で、同じ徳川親藩の会津藩も新選組と共に、最後まで朝廷軍と戦った。
藤堂藩は東海道先鋒に加わるよう勅命を受けた。
侠客の清水二郎長が道案内を買って出たという逸話もある。
11代藩主・藤堂高猷(たかゆき)は命令を下し、藤堂仁左衛門を総帥に兵士1148人、大砲4門、馬11頭で部隊を編成させ、2月13日、津城を出発した。江戸へは4月13、14の両日にかけて到着。赤羽の有馬邸に宿泊した。
江戸城は政府軍の西郷隆盛と徳川方の勝海舟の会談により無血開城されたが、旗本の若者で編成する彰義隊は抵抗した。
慶応4年5月15日、上野で彰義隊と戦った上野戦争は、大雨の中の激戦だった。彰義隊は奮戦したが、政府軍が用意した大砲が威力を発揮した。
上野寛永寺の根本中堂に火の手が上がると、彰義隊は敗走、その日のうちに結着がついた。 慶応4年4月3日、流山で政府軍が新選組の近藤勇を拘束。近藤は後日、京都五条河原で打ち首にされた。


しだれ桜背景〜幽玄コンサート

名張市の名勝・赤目四十八滝の入り口にある天台宗黄龍山延寿院で4月1日、樹齢400年といわれる天然記念物のしだれ桜を背景にした幽玄コンサートが行われた。ライトアップされたしだれ桜の下、松本篤明住職の導師による天台声明(しょうみょう=合唱)のほか、津島神社の滝野宮司、三重修験道会の行者・松林正哲師の法螺貝(ほらがい)と法楽太鼓のリズムに乗る般若心経が唱えられ、太鼓や心経が静かな山内に鳴り渡った。
ライトアップされた津島神社の舞姫の浦安の舞に加え、有名な舞踊家・丹波瞳さんの華麗な衣装が幻想的に浮かび上がる幽玄な踊りは、見物者の喝さいを浴びた。
さらに飛び入りで女忍者に扮した「伊賀のくノ一ウメ」が「芭蕉の舞」を披露した。
赤目延寿院は天台宗の伊賀西国三十三観音霊場の第1番の古刹。赤目滝は古くから修験道の行場であり、山伏(やまぶし)は延寿院を拠点に修業。
藩主藤堂高虎は徳川家康の側近であり、天台宗東叡山寛永寺の大僧正天海も家康の側近だったことから、高虎は天台宗に帰依した。高虎は赤目延寿院に観音堂を寄進。歴代藩主の位牌を祀らせている。祭祀料として田地と赤目渓谷の山林を寄進し、赤目渓谷が延寿院の所領となった。


江戸川乱歩ミステリー感想文・松本兄弟に最優秀賞

第3回目を迎えた江戸川乱歩記念小・中学校ミステリー感想文コンクール(名張ロータリークラブ主催)の授賞式が3月27日、名張産業センター・アスピアであった。
名張ロータリークラブが、名張市が生んだミステリー作家・江戸川乱歩の作品に親しみ、読書の楽しさを伝えたいと企画したもので、今回は名張、青山の小中学校から173人が応募した。
表彰式会場には、賞を受けた生徒のほか、今回から読書を特に奨励したとして、桔梗が丘中学校も招待され、特別賞の「学校賞」を受け取った。
山崎哲也会長は「前回は600人を超す応募があったが、今回は少ないながらも内容が充実していた。今後はミステリー作品だけでなく、幅広く読書に親しんで下さい」と話した。
男山佳子審査員は、受賞作品の印象を「本屋へ行って本を選んだ人、親からアドバイスをもらい、選んだ人など、そのことが読書するきっかけとなり、すばらしいこと」と話し、さらに「今回も乱歩を読んだ人が多く、名張の住人にとってはうれしかった」と語った。また、「本を読んだことで、将来が変わる。本好きになることで、自分が成長します」とエールを送った。
最優勝を受賞した松本大地君と颯太朗君は名張小学校と中学校にかよう兄弟で、弟の大地君は「兄の影響を受け、4年生から読書を始めた。いまは少年探偵団を読んでいる」と、笑みを浮かべながら喜びを語った。
受賞作品は次の通り。
〔最優秀賞〕怪人二十面相、松本大地(名張小4)、奇面城の秘密、松本颯太朗(名張中1)〔江戸川乱歩賞〕怪人二十面相の本当の姿、高原彩羽(錦生赤目小6)、透明怪人の正体は?、中村未来(名張中1)〔名張ロータリークラブ会長賞〕「鉄人Q」の感想、奥本愛美(比奈知小6)、バリ3探偵圏内ちゃん、南出光理(桔梗が丘中1)〔優秀賞〕江戸川乱歩の少年探偵団を読んで、服部優奈(桔梗が丘小5)、今でもおもしろい江戸川乱歩、安永奈夕(同)、鉄塔王国の恐怖を読んで、石堂蒼空(蔵持小5)、可哀想な狂殺人鬼について、東乙玖(梅が丘小6)、嘘をもうひとつだけ、井上翔夢(桔梗が丘小5)、私を変えたミステリー〜D坂の殺人事件〜、松嶋優花(青山中1)、「思い込み」と「盲点」、織田光里(名張中2)、二銭銅貨を読んで、竹森千紗(桔梗が丘中1)、鉄人Q、濱野啓(北中1)、少年探偵団、市川瑠菜(桔梗が丘中1)〔佳作〕妖怪博士、臼田莉佳子(桔梗が丘小5)、黄金豹、松尾光穂(比奈知小5)、仮面の恐怖王、筒井優大(桔梗が丘中1)、「ルパン対ホームズ」を読んで、丸山拓哉(同)。


横光利一を忍ぶ

伊賀にゆかりのある小説家・横光利一を顕彰する「雪解(ゆきげ)のつどい」は3月18日、伊賀市下柘植のふるさと会館いがであり、故郷をテーマにした講演会などで横光利一を偲んだ。同つどいは、横光の母校・上野高校の同窓生や愛好家によって毎年3月17日の誕生日前後、上野と柘植の両地域で生誕100年記念事業以降、交互に開催されている。
19回目を迎えた今年のつどいは同市在住のフルート奏者・岩佐絹枝さんが静かに演奏する中、実行委員の田村敏子さんが横光利一の随筆「琵琶湖」を朗読。少年時代に何度か過ごした琵琶湖の風景もスライドで背景に映し出すなど、参加者を横光利一の世界へ誘った。
講演会では、横光利一文学会会員で滋賀大学特任准教授の黒田大河さんが、「横光利一と幻影の〈ふるさと〉」の題で講演。同市の柘植や第三中学校在学中に過ごした横光利一の上野への思いを話した。そして「やはり故郷と言えば柘植の他は浮かんできません」という書簡を紹介した。
同氏によると、横光の青春には、失恋、受験失敗、引きこもり、大学中退などさまざまなことがあったが、伊賀は懐かしい故郷だった。
横光は同郷の松尾芭蕉にも憧れ、若いころに上京するなど、自分を重ね合わせたという。
また、母の死後、故郷について深く考え、たどり着きたい場所として「文学の世界にそれを求め旅をした」など、その生涯に思いを馳(は)せた、横光利一を紹介した。


阿保宿再現・にぎわいみせた催し

 江戸時代、関西方面から伊勢参りに行くルートとして栄えた伊賀市阿保の「阿保宿」で3月5日、にぎわいを再現した初瀬街道まつりが同地区で行われ、多くの人が楽しい一日を過した。
 伊賀市阿保地区住民自治協議会が主催した催しで、街道沿いの青山ホールや商店街には露店が40出店、商売人や地区の有志によりさまざまな品物が売られた。地場産のひの菜やしいたけ入りの巻き寿司は人気に。
 別府区の獅子神楽保存会による獅子舞やてんぐの舞と練り歩き、歌の演奏会が来訪者の関心を引いた。街道沿いの用水路には水車がすえつけられ、当時の風景を演出。
 東海道関宿―伊勢別街道―伊勢などの伊勢本街道ルートと初瀬街道ルートがあった伊勢参りだが、大阪、奈良方面からの旅人は、榛原で伊勢本街道と初瀬街道に分かれた。伊勢本街道の方が距離は近いが、道中の楽しみは名張宿、阿保宿などを通る初瀬街道の方が多かったといわれ、そのにぎわいを再現した。愛知県の三河から来た坂田、青木、西口さんら女性3人組は「この祭りには毎年来ます。伊賀の地酒を味わうのが何よりの楽しみです」と道路端に腰を据え、楽しそうに話していた。


名張産どぶろく

構造改革特別区域のリカーチャレンジ特区に認定されている名張市で、どぶろくを地域の新しい名産品に育てる動きが始まった。市民団体「名張どぶろくを楽しむ会」(内山克則会長)が3月5日、緑が丘東にあるNPO法人「アドレナ」(山下隆子会長)の事務所内に開設した「どぶろくhouse」で醸造を開始。今秋の発売を目指して活動を本格化させた。
同会は平成27年4月、約30人で発足。同年6月に市が特区認定を受け、酒税法で定められた年間製造量に満たない量でも酒類の製造免許を取得できるようになったため、岐阜県の白川八幡神社、熊野市の大森神社など各地のどぶろく祭りや醸造場に足を運んでどぶろくづくりを研究。準備を重ねて今年1月1日付で酒造免許も取得した。
醸造所は同NPOが商店街の空き店舗を転用した事務所内に開設し、看板も掲げた。内山会長が下小波田地内で栽培したコシヒカリのほか、使用する麹(こうじ)や水もすべて地元の良質な素材を厳選。名張独自の名品を目指して試行錯誤が始まった。この日は20人あまりが集合。米3`を蒸して冷まし、容器に入れて発酵させるための仕込みに精を出した。米10`分を何回かに分けて作業を進め、ほぼ1か月後からアルコール濃度や味わいなどを仕上げてゆく。
名張産どぶろくは今秋には完成する予定で、内山会長が経営する「つぐみカフェ」(下小波田)と「agatto(アガット)」(伊賀市上野丸之内、ハイトピア伊賀2階)などで発売される。将来は瓶に入れた商品も開発する予定だが、当面は購入者が容器を持参する量り売りで提供するという。
内山会長は「何年先になるかわかりませんが、会独自でどぶろく祭りを開催するのが目標です。市全体の活性化のため市民のみなさんにも応援してもらえれば」という。同NPOは地域振興を目的に活動しており、山下会長と堀口妃代美副会長は「活動の一環として取り組みました。まだ手探りで作業を進めている状態ですが、どぶろくで名張を元気にできれば」と話している。


子どもたちへ語り伝えよう悲惨な戦争

戦後71年、経済が豊かになった日本だが、今では戦争体験は風化し、国政も国民も平和ボケになり、戦争反対や平和に対する真剣な取り組みは、緩んできたといわれている。そこで、戦中戦後を小学生時代に体験し、実兄が戦死した悲しみを持つなど、戦争の悲惨さを知る江南登美さん(78、桔梗が丘5番町)は2月17日、名張市夏見の勤労者福祉会館で戦争体験、戦争の悲惨さを後世、子供たちに伝えようと、関係者を前に体験談を話した。名賀教組が主催、市教委、市PTA連合会が後援した。元中学校教員で元桔梗が丘小学校長の江南さんは「この話をぜひ子どもたちに伝えてほしい。戦争体験者には残された時間が少なくなった。戦争体験を後世に伝えてほしい」と参加者に訴えた。


伊賀で二紀会春季展

県下で活躍する30代から80代の画家や絵画愛好家でつくる二紀会三重支部の春季展が名張市瀬古口のギャラリー「空」で開催されている。これまでは津市の県立美術館などで開かれていた展示会だが、「伊賀の人にも鑑賞してもらう機会を」と名張で企画された。2月26日まで。
出展は県内で活躍する有名作家や地元名張、青山のなじみの深い作家の作品もあり、関係者は、「伊賀での開催はありがたい。老若男女問わず見に来てほしいものです」と話していた。


「あれっこわい」認定2号にリク君

名張市の「あれっこわい認定」第2号が2月15日、亀井利克市長から名張市美旗中2番の鮫島冨久代さんのトイプードル(雄9歳)「リク」に贈られた。「リク」はバランスボールに乗る「玉乗り」や逆立ち、二足歩行などができる芸達者=B一発芸を持った犬と飼い主が出場する「芸・わん!グランプリ」でもチャンピオンを受賞している。
鮫島さんは名張市の認定制度を知り今年1月31日、自宅のビデオで撮影しながら縄跳びを行い122回の記録を作り、これを申請。市長室で、記者団がカメラを向けると、早速、縄跳びを披露した。


「あれっこわい」認定証・百合小こどもクラブが認定第1号に

節分の日の2月4日、青蓮寺・百合が丘地域づくり協議会の教育文化部会が運営する百合小こどもクラブ(畑行子コーディネーター)が、百合が丘小学校でロング巻きずし作りに挑戦、みごと53.65メートルの新記録を樹立。記録達成を見届けた亀井利克市長は、「あれっこわい認定証(※)」の第1号として賞状を授与した。
同地域づくり協議会では平成24年度から毎年巻きずしの長さを競う催しを開催、第1回は18.55メートル、第2回26.35メートル、第3回35.9メートル、そして第5回43.0メートルと毎年記録を更新し、今年は50メートルを突破、新記録となった。
校内の廊下に1.8メートルの机を約30台並べ、児童と保護者ら約200人がすし作りを展開。のりの上に酢飯を広げ、具材を置き、慎重に巻いて仕上げた。
出来上がると拍手が湧き、長さは53.65メートル、50メートルを突破した。
同地域づくり協議会の教育文化部会は、地域あいさつ運動▽百合小学習支援「ほめほめ隊」▽百合小こどもクラブ▽名張西高・赤目中の吹奏楽合同演奏会とクリスマスフェスタの開催▽百合小こども和太鼓隊などを主宰、支援をしている。

※あれっこわい認定証
=名張市は2月2日、驚くべき成果などを残した人、団体に贈る「あれっこわい認定」制度を設けたと発表した。名張の方言で「あれっこわい」は、驚きと感動を表現する言葉。標準語では「わー、すごい」になる。同制度の創設により、市民や市民活動で人々が「あれっこわい」と驚くような行為や事物への取り組みを促すのが狙い。
認定の対象となるのは、市内在住の個人、法人、団体や市内に通勤通学する市民で、市長に申請書を提出し、認められた場合に交付される。
市では、認定した取り組みの中から最も「あれっこわい」と思う事例を市長が選び、「あれっこわい年間大賞」として表彰する。
亀井利克市長は「多くの皆さんに挑戦していただき、名張の元気を創造するきっかけとなることを期待しています」と話している。


芭蕉の連句「かるた」にして

芭蕉さんの文芸「俳諧(はいかい)」をもっと知ってもらおうと、伊賀市の柘植歴史民俗資料館で「ふたりで百首」歌仙かるた原画展が開かれている。4月9日まで。
伊賀が生んだ俳聖・松尾芭蕉と門人の2人で詠(よ)んだ歌仙2句の100セットがイメージ画と共に解説つきで展示されている。「百人一首」のような原画で、芭蕉に去来(きょらい)付ける「さる引の 猿と世を経(ふ)る秋の月 年に一斗(いっと)の地子はかる也(なり)」や曲水に芭蕉付ける「一貫の 銭(ぜに)むつかしと返しけり 医者のくすりは飲(の)ぬ分別」などカルタにあやかった原画が並んでいる。
現在、俳句とされているのは、俳諧の蓮歌の一句目の「発句」で、芭蕉が生きていた当時の句は、後の連句も含めたものだ。
現代のように最初の発句だけを俳句としたのは正岡子規で、子規らは最初の発句を「現代俳句」としたという。
柘植歴史民俗資料館では、芭蕉が活躍していた当時の連句を絵を描きカルタにして展示。
絵は「翁の里 蕉風俳諧継承・普及会&絵手紙いろは」の皆さんが描いた。
問い合わせは同資料館、電話0595-45-1900まで。


赤目保勝会がツアー参加者募集

寒波がやってくると注目されるのが、名張市の赤目四十八滝の氷瀑。中でも大日滝は有名。平素は露出した岸壁に、わずかな水が流れるだけの滝だが、寒くなると岸壁全体にツララができ、その美しさは格別。さらに、雪が降ると氷瀑のように見える。1月20日は暦の上での大寒。その名の通り、朝夕は氷点下、日中も1ケタの気温。氷瀑ツアーを試みた。
伊賀と大和の国境を流れる滝川上流。その中に瀑布が美しい赤目四十八滝がある。赤目屈指の名瀑、大日滝。場所は渓谷の入り口から570bの右側斜面でその姿をみることができた。
滝らしい滝「不動滝」を過ぎ、平らな河原を行くと右側に大きな沢がある。石や岩ばかりだが、その上100メートルくらいの地点にこの滝がある。ここに行くには、沢を登らなければならない。赤目保勝会が設置したザイルがあり、これを伝ってゆっくり登る。足場の悪い登山道を歩くこと約20分。下を見るとかなり登ったように思うが、滝はまだ見えない。薄雪が積もっているため、滑りやすい。保勝会から貸りたワラの荒縄を靴に巻き付けて滑りを防ぐ。やがて、滝が見えてきたが、道のりはまだ遠い。
やっと近くまでたどり着き、平たん地へ。といっても周辺は石がゴロゴロ。滝に近づき撮影に好都合なポジションでカメラを構える。何枚かをカメラに収めた。
数点カメラに収め、いよいよ帰り。だが、下り坂の方が滑りやすい。登山道は薄雪が踏みつけられ、氷のようになっている。枯れ枝をつえ代わりにしてゆっくり下る。「おっと、滑った。危ない」。河原まで下り、飛び石を渡り対岸の道へ。「最後まで気を付けなければ」と自分を戒めながら登山道へ。
赤目保勝会は2月28日まで大日滝氷瀑ツアーを開催中。午前10時に対泉閣前を出発。参加費はガイドと温泉入浴付きで3000円。滑り止め用のアイゼンを貸し出している。
問い合わせは赤目四十八滝保勝会エコツアーデスク 電話64局2695まで。


松明ひと目で

名張市安部田の名張市郷土資料館で語り継ぐ伊賀一ノ井松明調進行事とお水取りの資料を展示している。2月26日まで。
伊賀一ノ井松明講と春を呼ぶ会の協働企画で、お水取り記録映像や寄進松明、東大寺が発行する午玉宝印札(ごおうほういん)、二月堂観音札、東大寺長老・清水公照作の色紙、宵御輿(よいのみこし)の松明の物品のほか、松明づくりから徒歩での調進風景などの図解パネルも展示されている。
また、鎌倉時代から続く一ノ井と東大寺の関係、修二会にまつわる三笠山のてんぐなども解説している。
黒田から来たという70代の男性は、「一ノ井の松明はよく知っているが、こんなにも関連商品があるなどとは、知らなかった。伝統行事は若い人が受け継いでくれていますね」と話していた。


各地で出初式

伊賀地区で新年恒例の消防出初式があった。伊賀市消防署は7日、消防団員や市消防職員1026人がゆめが丘に集合し、ゆめドーム上野のグランドとドーム内で視閲式と表彰式を行った。
グランドでは車列24台の行進があり、市長が視閲した後、ドーム内で団員の服装点検や優良団員の表彰が行われた。続いて市内の園児による「幼年消防クラブ」90人が、元気よく防火の誓いを述べた。
名張市消防署は8日、同市夏見のHOSアリーナ(体育館)であり、団員375人、消防署員79人が参加した。
亀井利克市長は「今年も気合の入った動作で頼もしく思う。一層の活躍を期待したい。最近は天災が多い。幸い、名張市は災害がなかったが、万一に備え、今年も頑張って下さい」と訓示。
このあと、各種の表彰や徽章の授与があった。梅が丘幼稚園児による防火演技や女性消防団アンシンダーLの防火演技も魅了した。式典後は、車両の視閲と、名張川新町河原で7色の一斉放水を行った。


4月には公有民営化・伊賀鉄道開業100年のフィナーレ飾る

伊賀鉄道の開業100周年がフィナーレを迎えた。地元資本だけによる地方鉄道として大正5年8月8日、上野駅連絡所(のち伊賀上野駅)・上野町駅(のち上野市駅)間に開通して以来の歩みを祝福する記念事業は昨年12月23日、伊賀市上野丸之内のハイトピア伊賀で開かれた記念講演会とクリスマスコンサートで幕を閉じた。
大正11年には名張町駅(のちに西名張駅)まで全通し、昭和4年に大阪電気軌道に吸収合併。長く近鉄伊賀線として地域社会を支え、平成19年から第三セクターとして運営されてきた伊賀鉄道は今年4月、公有民営方式に移行。伊賀市が施設や車両などを保有し、伊賀鉄道に無償で貸与する形で経営が進められる。
昨年は8月7日にハイトピア伊賀で開業100周年記念式典、上野市駅でテープカット、くす玉割りなどが行われ、関係者が1世紀の歴史を振り返り、存続への願いを語り合った。
12月23日は記念事業ファイナルイベント。主催した伊賀線活性化協議会の中井茂平会長が「伊賀線をこれからどういう方向に持っていくのか、鉄道はどうあるべきか。本日はそれを考えたい」と挨拶。来賓の岡本栄市長は「4月に公有民営化されるが、これからが本当の勝負となる。100年前の先人に感謝し、意志を受け継ぐことが大切」と述べた。
つづいて鳥取県を走る若桜鉄道の山田和昭社長が「地域鉄道のこれからを考える〜若桜鉄道の挑戦」と題して記念講演。地方鉄道を観光やまちおこしに結びつけ、多くの鉄道ファンの集客も実現したユニークな企画を紹介。「鉄道を地域にどう活かすか、ゼロベースで考えることが必要だ」とアドバイスした。
そのあとは恒例のふるまいとクリスマスコンサートが人気を集め、最後に伊賀鉄道友の会の池澤基善会長が「伊賀鉄道は私たちの宝物。存続できるようこれからもみんなで後押しを」と支援を呼びかけた