2020年度 バックナンバー
冬の陣コンサート2020〜名張市の混声合唱団コーロ・Gui

名張市を中心に活躍する混声合唱団コーロ・Guiの「冬の陣コンサート2020」が2月8日、総合福祉センターふれあいで開催され、多くの観客が懐かしのメロディを楽しんだ。「リンゴの唄」「東京ブギブギ」など戦後に流行したメロディから「世界に一つだけの花」など平成のヒット曲までバラエティ豊かな演奏が披露された。聴衆も懐かしのメロデイに合わせて手をたたいたり、団員の美しい歌声に聞き入っていた。


なが〜い巻きずし76.82メートル

名張市立百合が丘小学校で2月1日、節分にちなんだ恒例イベントの「なが〜い巻きずし作り」が催され、児童や保護者ら約260人が挑戦した。昨年の71.7メートルを5メートル以上上回る76.82メートルの新記録を達成した。挑戦に立ち会った亀井利克名張市長は4回目の「あれっこわい」認定証を授与した。
同クラブの「なが〜い巻きずし」づくりは2013年からはじまり今回で8回目。毎年、記録を更新し名張市が創設した「あれっこわい」認定は今回で4回目の受賞になる。巻きずしの材料は、米40キロ、のり430枚、卵焼き54パック、カニかま1500本、インゲン豆6キロを準備した。
机43台を並べ、ビニールが敷かれた長い台のうえに寿しのりが敷かれ、子供たちが合図に従って酢飯を広げ、上に具材を盛りつけした。一斉に具材を包むように巻く作業を行い、巻き終わると全員で10秒間持ち上げ、つながりを確認した。計測が行われ、昨年の71.7メートルを上回る76.82メートルが確認され、拍手と万歳が起きた。
この後、亀井市長から指導者の畑行子さんに「あれっこわい認定証」が授与された。


新ギャラリーで水彩画展

名張市丸之内の小島結納品店が改築新装しギャラリーを設けた。店は先代から結納品店であり、水引工芸の伝統を守ろうと当主の小島敏孝さんが改装。ギャラリーは妻淳子さんが手がける水引工芸の教室兼工房にしたいとして「ギャラリー縁」と名付けられた。
今回の水彩画は定年で会社を辞め、好きな絵画をはじめ現代アートを学び絵画の道に進んだ敏孝さんの弟・正幸さんの作品。。正幸さんは大手家電メーカー勤務中に体験した東欧の風景にあこがれ、再度旅行をしてチェコやポーランド、ラトビアを回り、橋や教会などを写生した。建物や橋は石造でありバロック調の彫刻がなされている。かなり古い歴史があるが大切に保存されているという。
正幸さんは東京在住だが、兄敏孝さんのギャラリー計画を知り、初めての個展開催を決断。故郷で兄の店舗改装に合わせ作品展示に踏み切った。


名張の座敷で講談

名張市中町の伊賀まちかど博物館・はなびし庵で1月19日、プロの講談師・旭堂左京と旭堂南山を招いて講談会を開催した。会場は満席で、上方の講談を楽しんだ。
演目は、旭堂南山が「三河屋幸吉」、旭堂左京が「太閤記・秀吉の足軽時代」を第1回目に演じた。第2回目は南山が「嘉永三馬術、梅花の誉れ」を演じ、左京が同じく「太閤記・秀吉の足軽時代」を話した。
来場者は「名張の座敷で講談が聞けるとは思いもよらなかったが、実際に聞けて楽しかった」と話していた。


新生児の成長祈る若子祭り

地域で生まれた男児や地域に来た婿養子の息災を祝う弓取り行事が1月9日、名張市滝之原の八幡神社であり、裃袴(かみしもはかま)姿の若い衆「弓取人」が6人、2人づつ入れ替わり3交代で矢を放った。
行事は700年以上の歴史があり、三重県の無形文化財に指定されている。的は正面の山幅に据えられているが、的を狙わず空を向けて矢を放つのが習わし。滝之原区の辻本英一区長は「若子が3年連続でいないが歴史ある祭りなので今後も継承していきたい」と話していた。
滝之原地区は奥深くない山村だが、世帯に若夫婦がいない。最近は滝之原に限らず、農家の長男も会社勤めをするようになり、団地や都会で住む人が多い。滝之原地区は裕福であり、すずらん台などの住宅地に区有林が売れるなどで各戸に分配したり、個人の山林が売れたりして金持ちが多く、ほとんどの家が建て替えられ、入母屋造りの2階建てが並んでいる。
むろん、内装も立派で住むのには申し分がないが、若い人は親との同居を嫌い、都市部に出ていく。高等学校を卒業すると昔は農家の後継ぎをしたが、今はサラリーマンを志望するようになった。最近の農業は機械化しているため、高齢者でも農業ができる。現在、農業を支えているのは高齢者である。これは、滝之原に限らず、農山村における現状である。


名張市百合が丘市民センターで新春餅つき大会

名張市百合が丘の市民センターで1月4日、新春餅つき大会があった。正月の餅つきは田舎の人がやるものと思っている人が多いのか、団地の市民センターでの餅つきは珍しい。百合が丘自治会は青蓮寺地区も入っており、正式名は青蓮寺百合丘自治会になっている。もち米は地元で調達し、青峰高校のホッケー部が準備などを手伝った。ふかしたてのもち米を木の臼に入れ、小突きをして搗(つ)いたが「手返えし」の女性の手つきは慣れたもの。地域の子どもらも手伝ったが、杵は重そうだった。


川上ダム定礎式に300人

去年は伊勢湾台風から60年目の節目の年だった。近年、自然災害が各地で発生している。川上ダムも利水については伊賀市だけとなっているが、自然災害への対策は急にはできない。伊賀市上野地区は安政伊賀地震で木津川、服部川と流域が地盤沈下し洪水時には氾濫する。岩倉渓谷を掘削、開削すれば解決するが、岩倉渓谷に多量の水を流すと下流地域で氾濫する。下流の沿線は大阪まであり、護岸工事や橋のかさ上げなど多額の費用が必要。そこで、建設省(当時)は、岩倉渓谷の開削の代わりに、被災地域の避水移居と遊水池の建設、川上ダムの建設を提案し、三重県知事も地元も了承した経緯がある。避水移居と遊水池の建設は完了し、残るは川上ダムのみとなった。
ダム工事は仮設工事と本体の基礎掘削、両岸の表土剥ぎ取りを終え、基礎部分のコンクリートを約10メートル打設している。昨年12月15日の定礎式は基礎固めの儀式で、木造建築で行われる上棟式のようなもの。重さ110`の御影石に定礎の文字と年月日を彫りこみ、鎮定し周りをコンクリートで固める儀式。儀式には地元国会議員、県副知事、県議会議員、地元市町、市議、地元地権者が招かれた。
岡本栄伊賀市長が「生活安全を守る重要な施設であり、ダムを活用した地域の活性化も期待していると」とあいさつ。元地権者で住民だった川上ダム対策委員会協議会代表の古川喜道さん(92)は、移住住民の苦渋にふれながら「安全第一、無事故で一日も早い完成を祈りたい」とあいさつした。