2019年度 バックナンバー
今年も消防出初式

名張市消防団の出初式が1月13日、夏見のHOS名張アリーナ(市総合体育館)で行われ、市消防本部、消防団員ら約500人が参加した。鈴木英敬知事は「昨年は各地で大きな災害が多発した。地域の安全安心を確保するため、消防団の役割は重要」とあいさつ。亀井利克市長も「大難を小難に抑える消防団は市民から信頼されている。本年も健康に留意され、一層の活躍を期待している」と訓示した。
亀井市長による人員、姿勢服装点検のあと、優良消防団員らの表彰に続いて、桔梗が丘幼稚園の幼年消防クラブの防火演技、女性消防団員が扮するキャラクター「アンシンダーL」ダンス、比奈知分団すずらん台班NSS18によるバンド演奏が披露された。
式典終了後、市長観閲の下、消防車両が会場を出発し、鍛冶町橋下流の名張川畔で恒例の放水訓練を行った。赤、黄、青など7色の一斉放水が行われ、多くの市民が見守った。放水に使った染料は食用染料を使用した。


地域産業の活性化を・名張商議所新年祝賀会で決意新たに

名張商工会議所の新年祝賀会が1月7日、南町の産業振興センター・アスピアであり、会員と来賓約200人が祝った。来賓には亀井利克名張市長のほか川崎二郎、中川正春衆議院議員、中森博文県議会議員、川合滋市議会議長、木津川上流河川事務所の田中徹所長らが出席した。
あいさつに立った川口佳秀会頭は、平成最後の年となった昨年を振り返り、会議所の設立60周年を祝った、記念事業を盛大に挙行したと報告。日本経済について、景況は74か月連続で戦後最長で、業績は好調だとしながらも、人材不足と消費増税による影響で予断を許さないとした。
商工会議所が求められている使命は重要であるとして、地域の厳しい経済環境の中、人口減少による需要の停滞と縮小傾向を懸念し、経済の好循環を生み出す「地産外商」「内需内商」の増進が地方再生を実現するカギになると述べ、次の政策方針を示した。
地域産業の活性化、地域まちの再生への取り組みについて、地元産のぶどうの活用による名張のワインプロジェクトの取り組みは必要不可欠。
新会社・國津果実酒醸造所の設立により、山形産と名張産を醸造。山形産は11月16日、発売と同時に完売したが、このワインは本日試飲していただきます。創業、起業、新事業展開への取り組みの中で、長期にわたり伝統の技術や経営を守り、継承してきた長寿企業の表彰と展示を3月2日に開催する。名張の経済は景況調査で改善傾向が4年続き、DI値が前期比9・5ポイント改善、プラス水準となったが、依然不透明な状況だ。地域、まちの再生は急務で、若い人に名張で住んでもらうためには、人口増加対策と経済産業対策など、オール名張で取り組まねばならない。
インフラ整備について、名張市には中部整備局直轄のプロジェクト事業が1件もない。国土交通省の高規格道路がないのは県下14市の内で名張市だけ。道路公団の道路も同様。特に名阪上野インターから名張までの14・2`の4車線化が必要である。名阪道への直接アクセスは、国道422号の三田坂トンネルの事例を見れば、名張から名阪道へ直結することが可能。国道165号線の名張市西部から宇陀市、桜井市の中和幹線までの地域高規格道路の実現を国会議員や県会議員にお願いした。三重県の西の玄関で、名張の玄関である名張大橋と黒田橋の間に道の駅、川の駅を設置することが、名張のまちの課題。(道の駅は全国で1145か所、三重県で18か所)ぜひとも情報発信機能、地域の連携機能、休憩機能、防災機能として、にぎわいの場として、名張のかわまちづくりとして道の駅、川の駅の設置を要望したい。国、県、市、共に協力いただき、存続できる名張へと何卒よろしくお願い致します。
続いて亀井利克市長が「今年はイノシシ年だが平穏無事でありたい。名張市の水は宇陀川の室生ダム、青蓮寺川の青蓮寺ダム、名張川の比奈知ダムで洪水が制御されている。しかし、最近は集中豪雨が多く、川幅を広げる必要があり、まず宇陀川の拡幅、名張川本流の引提(堤防の後退川幅の拡幅)などを予定している。名張産ワインは好評であり、内閣府、中小企業庁と連携協力していきたい」と述べた。
あいさつ後、恒例の鏡割りがあり、川口会頭、辰巳雄哉顧問や来賓が槌を振り下ろした。


オオサンショウウオの聖地紹介

その昔、修験者の修業の場であったといわれる名張市の赤目渓谷。彼らは滝に打たれ、四十八滝入り口にある延寿院を宿坊としていた。天台密教の寺では、草木を食べて山で暮らす千日回峰行が行われていた。滝で修業した修験者を彷彿(ほうふつ)させる名張市郷土歴史博物館企画展・オオサンショウウオの聖地「赤目の峡谷と香落渓」が2月3日まで開催されている。
赤目滝やサンショウウオを紹介、さらに、赤目と香落渓を世に出した「鎌田梁洲」や同人の著書「観瀑図誌」、これを印刷した版木などが展示されている。観瀑図誌の印刷発行は鎌田簗州の門人だった岡村甚次郎が行った。版木は岡村甚次郎の子孫・大甚印刷の岡村家の協力によるもの。
郷土資料館の門田了三氏によると「古くから赤目滝は修験者の山だったが、“滝参り”というのがあり、不動滝までは、来る人もあった。一般に知られたのは鎌田梁州の観瀑誌。そこにある滝の絵は実に精巧に印刷されているが、版木が素晴らしい。印鑑刻の技術で掘られており、名張市の指定文化財になっている」と。
余談話として赤目延寿院の住職によると「忍者が九字に印を切る作法は密教の作法だ。赤目で修業した修験者が忍者になったと考えられる。忍者の元祖は黒田の悪党であり、名張が伊賀流の発祥地だと考えられる」ということだ。